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高松家庭裁判所丸亀支部 昭和43年(少ハ)3号 決定 1968年3月21日

少年 S・K子(昭二三・九・二九生)

主文

本件申請を却下する。

理由

(申請の趣旨および理由の要旨)

少年は昭和四二年一〇月三日中等少年院丸亀少女の家を仮退院し、同日更生保護会和光園に引きとられ、同園の主幹是沢順子保護司の監督下に同月四日から○○○町内の被服工場に縫製工として就職し同園から通勤していたが、同年一一月二五日夕刻同園を無断で退去して所在不明となつた。調査の結果少年はその後高松市内のバー、キャバレーを転々としその間暴力団組員など不健全な人と交際していることが判明したので翌四三年一月一二日引致状により引致し、同月二〇日戻収容の申請をしたが、右申請は同年二月八日高松家庭裁判所丸亀支部において却下された。少年は右戻収容申請事件の審判続行中である同年一月三一日再び和光園に引き取られ、同年二月六日から同園の世話で鶏肉業を営むまるほ食品株式会社の工員として就労したが同年三月一日昼すぎ右職場を出たまま和光園に帰らず再び所在不明となつた。同日夜市民の通報により少年は大阪に逃げようとしていることが判明したので翌二日高松市○○国道フエリ発着所において再度引致状を執行して審理の為高松少年鑑別所に留置して現在に至つている。

以上の次第で少年は仮退院中遵守すべき事項に違反し、将来も遵守しない虞が強いので保護観察による指導監督は極めて困難な状況にあり、放置すれば再非行に陥る虞が強いのでこの際少年を少年院に再収容して矯正教育を施す必要があり、その期間は決定後一年間を要するものと思料する。

(申請却下の理由)

仮退院後の経過は略々申請理由のとおりであつて、少年が仮退院に際して定められた遵守事項に違反しており且つその性格環境に照らし放置すれば将来も遵守しない虞が多分にあることはその仮退院後の経過から容易にこれを認めることができる。

ところで犯罪者予防更正法第四三条の戻収容の要件は「遵守事項違反」のほかに「罪を犯す虞」がなければならないと考えるので次にこの点について検討する。

少年は、当裁判所が昭和四一年八月一八日中等少年院送致の決定(昭和四一年少第六一七号、第六四四号)に際して認定したとおり、中学卒業直後は菓子店々員、看護婦見習といつた仕事についたが長続きせず、その年の八月頃から少年院に収容されるまでのまる二年間主としてバーの女給あるいは芸者見習として若年の少女にしてはかなり気ままな生活をおくり、一六歳の始ごろにはすでに異性関係もあつた。また少年の実母は自身芸者あるいは仲居といつたいわゆるお座敷稼業をしているせいか、少年がバーや芸者置屋を転々としながら勝手気ままな生活をしているのを知りながらこれを規制するどころか、むしろこれを助長するような態度であまつさえ少年の前借金を生活費にあてて恥ずるところもなかつた。このような環境が、小学校六年生からの施設生活に伴う愛情欲求不満と相まつて少年の性格に自己顕示性が強く、我がままでむら気が多く、自己中心的で抑制力に乏しい性格、気に入れば身体まで与えるが、気に入らなければ決して服そうとしないといつた性格を植えつけてきたものと考えられる。

長年にわたつて形成されてきたこのような性格は容易に抜き去ることのできるものではなく、一年余にわたる収容教育によつてもその性格傾向自体には矯正教育の見るべき効果は認められず、すでに成人に近い年齢に達していることを考え合わせれば今再び収容教育を行つてもこの点にさほど大きな期待をかけることはむつかしいものと考えられる。勿論それでも本人に「犯罪的傾向」が強ければ、本人の保護、社会防衛の見地からも収容保護の道を採らざるを得ないのであるが、幸い本少年の場合は、その性格、経歴、最近の行状等から考えて、引致状が執行された時点のように和光園を無断で退去し観察所の追及を怖れて逃走中といつた状態のまま放置すればその危険なしとしないが、そのような状態を解き、適当な落着先を与えてある程度自由な生活を認めてやれば、本人の福祉という見地からは好ましくない状態に陥る危険は多分にあるが、「罪を犯す虞」はさほど高いものとも認められない。結局このような少年の保護の為には、前記のような性格傾向があることを前提にしたうえで、本人の福祉という面からは望ましくない状態に陥る危険はあつても、ある程度手綱をゆるめてせめて大きく脱線して罪を犯すようなことのないように指導監督する以外に道はなく、映画に行つてはならぬ、喫茶店に行つてはならぬ、ボーリングに行つてはならぬといつたならぬづくめの規制はいたずらに少年の反発を招くだけでかえつて危険であると考えられる。

ところで少年の実母に保護能力のないことはすでに再三指摘してきたとおりであるが、少年自身は坂出市○町でバーを経営する○兼○子に引きとつてもらい同女方の女中として働きたいと強く望んでいるのでこの点について少しく検討するに、○兼○子は坂出市○○○町に住居をもち同市○町でバー「○リ○ム」を経営している者であるが、少年は少年院に入院する前約九ヵ月間○兼方に雇われ、最近はバーテン、後にはバーの手伝や老母の世話をしていたこと(少年の就職先としてはここが一番長く、退職した事情は判然としないが、給料が安いということで実母が転職をすすめたのではないかとうかがわれる節がある)少年は○兼○子を全面的に信頼しており、前回逃亡の時も同女方を訪ねており、今回も和光園を退去後まず同女方を訪ね、事情を打ちあけて相談していることが認められ、一方○兼○子は病身(といつても歩行ができないだけで他は健康)の老母を抱えて仕事柄夜間その面倒をみることができないので困つており出来れば少年に再びその世話をみてもらいたいと希望しており、それも単に人手がほしいというだけではなく、少年のことを心にかけ前回の審判の際にも心配して自発的に裁判所に出頭して様子をききにきて引き受けを申出ており、今回も当裁判所が連絡したところ直ちに出頭して少年を同女方に引きとり、住込で主として老母の世話をさせながら指導監督したい旨申出るなど積極的な保護意欲を示している。また同女の経営するバー「○リ○ム」についても管轄の警察にきいても別段悪い風評はないとのことである。

以上の次第であるからこの際少年をその希望するとおり○兼○子に引きとらせ、その指導監督のもとに生活させれば、再度少年院に収容しなければならないほど強い犯罪的危険性はないものと考えられるので結局本件申請は理由がないことに帰着する。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判官 西田元彦)

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